ダイハツ初の
量産ハイブリッド車を
開発せよ。
2021年11月1日、ダイハツ工業が新たに市場投入したコンパクトSUV「ロッキーハイブリッド」。カーボンニュートラル社会の実現に向け、ダイハツが独自に開発したハイブリッドシステム「e-SMART HYBRID」、そして当システムに合わせて最適化された新開発の1.2Lエンジンを搭載することで、優れた加速性能と、コンパクトSUVクラストップレベルの低燃費を実現した、ダイハツ初の量産ハイブリッド車だ。ダイハツの次なるステージへの扉を開いた、この新型車両の開発を担った 3人の若き技術者の挑戦を追った。
「ハイブリッドシステムの開発チームに入ってほしい」、そう上司から告げられたR.Y.は思わず聞き返した、「僕がですか?」。無理もない。入社してやっと1年を終えた頃で、車づくりを十分に理解していない自分が、ダイハツ初の取り組みに携わる…。大変なことになったと思う一方で、入社2年目でこんな大きな仕事に挑むことができるとは、技術者冥利に尽きるとも感じた。「やります!」、そう答えてR.Y.のチャレンジは始まった。
まず手がけたのは、モデルベース開発に必要となるシミュレータの作成だった。ずっとエンジン車を作ってきたダイハツには、電動化に適したシミュレータがなかったのだ。ハイブリッド車の原理や各ユニットの基礎知識を持ち合わせていなかったR.Y.は、トヨタでの長期出張業務を通じて技術を習得したり、エンジン開発部門に教わったりしながら勉強を重ね、少しずつシミュレータをかたちにしていく。作っては動かないので手直しし、動いてみたところでまるででたらめな結果が出るためまた修正し、といったことを延々繰り返してようやく完成までこぎつけた。
R.Y.は完成したシミュレータを活用し、ダイハツの求める「小型 / 軽量 / 低価格 / 高い走行性能」といった条件を満たすハイブリッドを実現するには、どのようなシステムが望ましいかを検討していった。ハイブリッド車には、機構の異なる3つの方式がある。エンジンを発電専用に使う「シリーズ方式」、主役となるエンジンをモーターがサポートする「パラレル方式」、そしてエンジンとモーターを使い分ける「スプリット方式」。これらの選択肢のうち、お客様のニーズやダイハツらしさを考慮しながら、適したものを探っていく。
もちろんどの方式を採用するかの意思決定は上層部が行うが、その判断を的確に下すために参照する各種予測データは、実務担当のR.Y.が自ら作成したシミュレータによって導き出したものであり、責任は重大だ。R.Y.は数多のパターンをシミュレーションした中から、複数のパターンを候補として提示し、それぞれどのような性能が想定できるかを示した。そして最終的に上層会議にて、シリーズハイブリッド方式の採用、スマートペダルの搭載、電池セル数など、システムの骨格が決定された。ダイハツ初となるハイブリッド開発の方向づけに関わる重責タスクをやり遂げ、R.Y.はほっと安堵した。
R.Y.がほっと安堵したのも束の間、開発プロジェクトはすぐ次のフェーズに入っていく。具体的に、燃費、動力性能、コスト、振動・騒音などの諸条件をすべて考慮したパワーマネジメントの「最適解」を導き出すのだ。厄介なことに、それぞれの性能は多くがトレードオフ関係にある。最適な落としどころを見つけるのは容易なことではない。そこでまずシミュレータを活用して膨大なパターンを検証し、「これなら」と思える最適解を導き出した上で、それをもとに実際に試作車を製作して実測検証することにした。
R.Y.が提案した最適解を実現させるための制御の実装を担当するのは、この頃からプロジェクトに本格参画したH.T.だ。言葉で綴られた「車の理想の動かし方」を、「実際に車を動かす制御プログラム」に変換する作業を担う。当時、H.T.もまた入社2年目の若手。本配属を終えてまだ1年も経っていない頃だった。ただ、大学の研究室で似たような実装業務を経験しており、その延長線上で取り組むことができるという強みを持っていた。その強みを生かし、H.T.はR.Y.のイメージをかたちにしていった。
H.T.が完成させた制御プログラムを実車に搭載し、エンジンも乗せて、とにもかくにも試作車はできあがった。ちゃんと走りもする。初めてのハイブリッド試作車としての一歩は踏み出したかたちだ。しかし、市場に出せる自動車には程遠い状態である。騒音がひどく、運転もしづらい。そして当然、燃費も目標値とはかけ離れている。ここからいかに市販車レベルに、いや、市場をあっと言わせる新型車に近づけていくか…。プロジェクトは、いよいよ開発本番ともいえる「作り込み」フェーズへと入っていく。
ここでエンジン開発担当のD.T.もプロジェクトに合流。燃費担当として、エンジンまわりを中心に見つつ、燃費性能をいかに向上させるかをテーマに「作り込み」を進めていく。D.T.は、システム開発担当のR.Y.と同期入社。1年後輩のH.T.を含めた同年代の若手メンバーたちは、お互いに気兼ねなく意見を言い合いながら「ワイガヤ」で開発を進めていった。
本プロジェクトの初期段階からチーム内で話し合われてきたことがあった。今回、電動化にチャレンジする上で追求すべき「電動感」とは何か?ということだ。レスポンスが良いことか? 燃費が良いことか? どちらでもなく、ダイハツはそれを「加速感」とした。アクセルを踏み込んだ瞬間から感じる鋭い加速性能こそが、電動感だと考えた。ただし、加速性能を求めていくと、燃費が圧倒的に悪くなる。両者は、トレードオフの関係にあるのだ。試作車での実測検証フェーズに入っても、その課題は解決できずにいた。
そこでR.Y.は、自らバージョンアップさせた新しいシミュレータ上で、ギア比にエンジン出力、さらには排気管等のパーツに至るまで、さまざまな可変要素を組み合わせた何百に及ぶ多種のパターンを計算することにより、「気持ちの良い電動感を十分に感じながら、燃費も良い車」のありようを探っていった。そうした机上検討の結果をH.T.に連携し、H.T.はそれを試作車に実装して、D.T.が計算通りかどうかを実測。ねらい通りの結果が得られなければ、実測結果をシミュレータにフィードバックし再計算。そのPDCAサイクルを短いタームでまわすことで、精度を高めていった。
一方、H.T.はH.T.で別の課題を抱えていた。性能の作り込みが進むにつれ、各担当部門からの要望が多く持ち込まれるようになってきたのだ。実装会議では、エンジン、ブレーキ、空調、燃費など、さまざまな視点から「この点は大丈夫か?」と指摘を受ける。どれも反映したいのはやまやまだが、ここでも要望の多くが背反関係にあるので、一筋縄ではいかない。
いったい何をよりどころにして、落としどころを定めればよいのか? 出てきたのは、「お客様がうれしいと思うこと」だった。当然のことながら、車は作り手の自己満足で作るものではない。最終的に乗ることになるお客様がどう感じるか? そこをブレない判断指標とし、H.T.や各部門のメンバーたちは会議の場で議論を重ね、各要素の優先度を決めていった。こうして目指すところが見えたH.T.は、それを実現する実装プログラムを構築していった。
エンジンまわりの作り込みを担当するD.T.は、燃費性能と戦っていた。電動化プロジェクトがスタートした背景には、カーボンニュートラルや、その流れからくるCAFE規制がある。言うまでもなく、今回開発する量産ハイブリッド車において、最も注目されるスペックが「燃費」だった。開発当初に定められた燃費の目標値は確かにあった。そしてその目標値は、D.T.を含む開発メンバーたちの奮闘の結果、手が届くところまで見えていた。しかしプロジェクト後半で、その目標値は上方修正される。ライバル車の燃費性能を上回る車にする──、さらなる高みを目指す方針が示されたのだ。
途中でいきなり目標値が上がり、焦りの気持ちが沸き起こっても不思議ではなかったが、D.T.は冷静だった。ダイハツには電動化の知見がない。であるがゆえに、まだ十分に性能を引き出せていない要素があるのではないか? その眠っているポテンシャルを目覚めさせることができれば、燃費はまだ向上させられるはず。その手応えを感じていたのだ。
D.T.はそれからさらに、エンジンの温め方や触媒といった要素をさまざまに組み合わせながら試行錯誤に明け暮れ、R.Y.やH.T.はもちろん他部署の開発メンバーとも協力し、「さらにあと0.1km/L」を積み重ねていった。そしてついに、燃費の最終目標値を達成するに至った。開発メンバー全員で勝ち取った成果だった。
彼らが開発したのは、ダイハツのハイブリッド車における、いわばベース仕様のようなものだ。それが初めて搭載されたのが、2021年に発売された「ロッキーハイブリッド」。今後、ダイハツから順次発売されることになる新型ハイブリッド車にも、同様に彼らの開発した仕様が搭載されていく。冒頭でも紹介した通り、まさに、電動化というダイハツの次なるステージへの扉を開いたプロジェクトだったと言える。
当然のことながら、本プロジェクトには大勢のメンバーが関わっており、R.Y.、D.T.、H.T.の3人はプロジェクトの一端を担ったに過ぎない。しかしこの3人に限らず、本プロジェクトでは当時若手であった入社数年目のメンバーが、実際に手を動かす実務のほとんどを任されていたことは確かだ。かと言って、決して手放しに任せるのではない。各局面でのアドバイスはもちろん、若手にとって「自分たちではやりにくい部署間の合意交渉」なども、先輩や上司がしっかりサポートした。だからこそのびのびとチャレンジし、失敗を恐れず力を発揮することができた。
プロジェクトを完遂した3人は、また次のテーマを抱えて、それぞれの部署で奮闘を続けている。自分たちの、そしてダイハツの新たな可能性を拓くことを夢見て。